日本造園学会誌「ランドスケープ研究」82巻2号を発刊しました。

特集：
ランドスケープからみた熊本地震の復興像
自然と社会の営みの持続的回復をめざして

熊本地震では都市部だけでなく，益城町や西原村などの郊外や周辺の農村部，また阿蘇などの中山間地域や自然公園エリアなど，被災地が都市部から山間部まで広 範囲に及び，それぞれの地域ごとに抱える課題や必要とされる復興のあり方にも大きな違いがみられる。このような特性の異なる幅広い空間スケールを横断的につな ぐことのできる視点こそ，ランドスケープの分野が持つ本質的な価値のひとつであ る。様々な制度や役割の縦割りの弊害によって，本来ひとつながりの風景として捉えられていたはずの自然と社会との関係性が絶たれてしまっている。復興のプロセ スに欠けている横断的な視点を持つことで，形式的な境界を超えた大きな風景像を取り戻すことが求められている。

そこで，本特集の構成においては，これらの地域を横断する広い視野からの復興に求められる視点を「論説」して頂くとともに，それぞれの地域での具体的な「事例」における成果と課題を取りあげて頂くことで，空間的なスケールの広がりのなかでの自然と社会が相互に関係しあったランドスケープの目標像を浮かび上がらせようとしている。まず「論説」においては，震災復興を牽引する基盤として文化的資源や歴史，自然資産といった要素を尊重することの重要性を説き，地域における総合的な目標像の捉え方を示している。さらに，都市部から山間部に至る広域的なランドスケープ全体の視点から，各地域におけるそれぞれの自然環境や地理的な特徴，集落や街並みの変化，インフラや都市基盤の構築といった視点から求められる 風景像について論じている。また，都市型震災の代表例としての阪神・淡路大震災 と中山間地で大きな被害を受けた新潟県中越地震における調査研究のレビューを通じて，過去の震災の経験から長いタイムスパンでの復興過程において，熊本地震に活かすべき教訓を学ぼうとしている。次に「事例」では，都心部から中山間地域や自然公園地域に至るそれぞれの地域での具体的な取り組みの実態や課題を評価するとともに，これらの調査成果の情報発信のあり方についてもその到達点をまとめた。

市街地における都市公園の維持管理水準の低下や空き地・空き家の問題，農村地域における担い手不足や自然資源の持続可能な維持・活用など，熊本地震は人口減 少社会が直面している課題をより一層顕在化させたとも言える。熊本の復興プロセスにおける諸課題は，他の地域においても避けることができないものが多いのでは ないだろうか。本特集では，熊本地震復興支援調査委員会の活動成果を中心に，ランドスケープ分野が地域の再生において果たすことのできる役割を示そうとしたものである。この特集を通じて，熊本はもちろんのこと，他の地域においてもレジリエンスにつながる地域の自然と社会の営みが持続可能なものとなるようなランドスケープ分野の積極的な行動が展開されていくことを期待している。

(秋田典子・武田重昭・藤田直子)

特集目次：

1.序論

特集にあたって:自然と社会の営みの持続的回復をめざして 武田重昭

2.論説

ランドスケープからの復興の視点 -自然・社会・人文科学から復興を考える- 蓑茂寿太郎

熊本地震の経験を次の震災復興に繋げるためにランドスケープが担うべき役割 藤田直子

文献レビュー1:阪神・淡路大震災における市街地復興プロセスからの示唆 石原凌河

文献レビュー2:新潟県中越地震からの復興 澤田雅浩

熊本の復興の風景像・流域圏グリーンインフラと美しい故郷の風景創成 入江彰昭

集落の被災状況と復興の実態 柴田 祐

土木デザイン的視点から見た熊本地震復興の現在 星野裕司

3.事例(今後の方向性の示唆)

熊本城の復旧と桜町・花畑地区のまちづくり 平塚勇司

発災直後の対応から復旧までの熊本市の取組み 小林雅典

発災後の利用にみる都市公園の意義と課題 村上修一

防災公園に関するガイドラインの増補改訂 -熊本地震の教訓等を踏まえた管理運営面の内容の充実- 荒金恵太・舟久保敏

災害における農業支援・農地等復旧ボランティアの展開と課題 朝廣和夫

風景と観光の復興 -阿蘇くじゅう国立公園の取組- 岡野隆宏

自然と共生する阿蘇の暮らし・伝承を取り入れた環境教育プログラムの実践 町田怜子・市川実柊・北里美有・金子忠一

なお、本号では連載記事の「海外の造園動向」「生きもの技術ノート」も掲載されています。