日本造園学会誌『ランドスケープ研究』88巻1号を2024年4月に刊行しました。
特集:「地域に生きる知恵と風景」
Wisdom and Landscape Living in the Community
それぞれの地域では,土地に根差して暮らしを営み,生きていくために,その環境をしっかりと使ってきた。各地の風景はその使い方がつくってきたものであり,風景を読むということは,地域の人々の生き方や知恵を理解することにつながる。
このような風景の解釈につながる大きな転機となったのが,2000 年代である。文化財の分野では,2004 年,文化財保護法が改正され,文化財の一類型に文化的景観が加わった。文化財保護法では文化的景観を「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」(文化財保護法第二条第1 項第五号より)と定義している。
景観や風景というと,都市景観や農村景観というように,一般的には眺めを指すと考えられることが多い。実際に,造園分野の研究も長く,実像の操作が中心であった。対して,文化的景観は,単に目に見える現象のみではなく,そして人間と環境とを分離して捉えるのでもなく,自然と人間の営みが生み出した領域のまとまりを指している。文化的景観の概念や保護の取り組みを深化させることが,結果的に,目にする眺めはその物理的な表象であるという主張につながっていった。同じ時代に生まれた景観法などと互いに関わり合いながら,風景は地域の風土と人々の暮らしが表出した結果であるという理解が定着したことは,文化的景観制度の功績のひ
とつと言えるだろう。
そこで,本特集では,この20 年の取り組みを経てスタンダードになった風景のとらえ方を今一度確認するとともに,文化的景観保全の取り組みの現在と,これからのあり方について論じるものとして企画した。変化することで生きつづける暮らしの場を保護するという,ある種の矛盾を抱えた制度であるからこそ,持続可能な暮らしに向けたヒントが見出せることもあると考えている。
なお,論考の執筆は,文化的景観の実務に第一線で関わる様々な分野・立場の方々に依頼した。結果的に造園学の層が薄くなってしまったが,それは,現在,文化的景観の実務に携わる関係者の多くが,造園学以外の専門の研究者や実務者であることも意味している。また,本特集では,「風景」は人と場所との関りを内包した環境の見方,「景観」はそれを視覚的に捉えたもの,として整理したことも書き添えておきたい。
(特集担当:惠谷浩子・徳永哲・五十嵐康之)
目次
インタビュー
〇風景計画のこれまでとこれから
下村彰男
論説
〇暮らしの持続と景観の意思 ー梼原でのフィールドワークから
菊地成朋
〇風景の見出し方とその保全
小浦久子
〇文化的景観と土木インフラの再接続
福井恒明
〇風景に気づく,風景が伝わる,風景の見えない部分との向き合い方
仲間浩一
〇風景を読み,生きるを考える 一日本における文化的景観 20 年
恵谷浩子
座談会
〇持続的な暮らしと「ランドスケープ農業」一座談会(その実践の現場にて)
大津耕太・大津愛梨・恵谷浩子・徳永 哲
※発刊からおよそ3か月後に、執筆者の許諾が得られた記事はJ-STAGEにて公開しております。