日本造園学会誌『ランドスケープ研究』86巻2号を刊行しました。
特集:第1部
「奄美大島,徳之島,沖縄島北部及び西表島の世界自然遺産登録」
Registration to World Natural Heritage of Amami-Oshima Island, Tokunoshima Island, the northern part of Okinawa Island, and Iriomote Island
2021 年7月,奄美黄島,徳之島,沖縄島北部及び西表島が世界自然遺産に登録された。
2003 年に琉球諸島が世界自然遺産登録の候補リストに掲載されて以来,18 年を経てようやく登録の運びとなった。その間,奄美群島ややんばるで新たな国立公園の指定や西表島の国立公園区域の拡張を図るとともに,種の保存法による希少野生生物の保全のための取組の強化など,制度および実務における必要な条件をクリアするための整備を進めた結果,2018 年にようやく登録申請に至った。しかし,残念なことにIUCN からは登録延期が勧告された。このため,国や地元ではさらに3年を費やして登録延期で課せられた問題を解決すべく取組を進め,2021 年に再申請し,ようやく登録に至った。
新たに登録された世界自然遺産登録地は,奄美大島,徳之島,沖縄島北部(やんばる),西表島の4箇所から構成される。2県4島に渡るこの島々には,奄美大島・徳之島のアマミノクロウサギ(国の特別天然記念物),やんばるのヤンバルクイナ,西表島のイリオモテヤマネコなど,日本の国土のたった0.5%の土地に,絶滅危惧種が95 種,固有種は75 種という独自に進化を遂げた生物が生息している。一方で,米軍基地が広がるやんばる,原生的な亜熱帯林に覆われた西表島,サトウキビ畑が広がる奄美大島や徳之島など置かれている社会環境も様々である。これまで4地域
では,固有の自然の保全を図りつつ共存の道を歩んできた。
本特集号が発行される7月には奄美・沖縄世界自然遺産登録からまもなく1年になり,既に様々なメディアで特集が組まれ,紹介がなされている。ランドスケープ研究で特集を組むにあたり,単に自然遺産の紹介に留まることなく,造園学の視点から奄美大島,徳之島,沖縄島北部及び西表島世界自然遺産登録の意義およびその過程での課題克服と,今後の展望について取り上げたい。これまでそれぞれの地域では,地域が抱える問題に即した様々な取組が行われてきた。長年の地道な取組によって問題解決に着実に近づいてきているとともに,これらの取り組みは世界自然遺産登録地に限定されることなく,全国で類似の問題を抱える地域にとっても課題
解決の糸口になることを期待するものである。
(編集担当:坂本真一・井上綾子・武 正憲)
目次
総論
〇世界自然遺産登録に向けた道のり
土屋 誠
〇奄美大島・徳之島・沖縄島北部及び西表島の世界自然遺産登録の経緯とその課題
吉田正人
論説
〇「奄美大島,徳之島,沖縄島北部及び西表島」―「島」の世界自然遺産の特徴
伊澤雅子
〇登録延期勧告が地域にもたらしたもの
大浜浩志
〇奄美群島の観光振興から見た奄美・沖縄世界自然遺産
小池利佳
〇奄美・沖縄のエコツーリズム −世界自然遺産が映し出すもの
海津ゆりえ
〇奄美マングースバスターズによる奄美大島の外来マングース根絶の快挙まであと少し
阿部愼太郎
〇アマミノクロウサギと共に暮らす島
米山太平
〇やんばる地域の自然資源の保全・利用に資する活動への地域住民の参画について
加藤麻理子
〇西表島における観光管理の基準値設定の経緯と課題
西村大志・松井孝子
※小池梨佳様のお名前の漢字が目次および本文中で誤っておりました。深くお詫び申し上げます。
特集:第2部
「日本造園学会・土木学会共同編集 遺産を学ぶ旅」
Collaborative articles of Japanese Institute of Landscape Architecture and Japan Society of Civil Engineering: Heritage Tourism
世界的なCOVID-19 の蔓延により,私たちを取り巻く,環境,社会に変化がもたらされた。この変化は,コロナ以前からの変化を加速化させたに過ぎないのかもしれないが,多くの人々がこの変化に気づき,実感をもって「変わった」と認識するに至ったのではないか。多くの人々が変化を現実のものと認識することによって,新しい価値観が形成され,パラダイムがシフトする。COVID-19 がもたらしたパラダイムシフトの一つが,「移動」という価値の変化であろう。
「遺産を学ぶ旅」と題した本特集は,造園学会と土木学会の共同編集とした。2021 年7月にはユネスコ世界遺産の自然遺産として「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島(鹿児島県,沖縄県)」が,文化遺産として「北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道,青森県,岩手県,秋田県)」が登録された。造園分野も土木分野も,これら世界の宝と賞される「有形の不動産」の保存・活用に深く関わっている。私たちは,多様な遺産を辺巡ることで,多くのことを学ぶことができる。
COVID-19 によって,いわゆる三密(密閉,密集,密接)を避けるソーシャル・ディスタンシングの必要性や,移動の制約に伴い,外部空間や半屋内のオープンスペースに対する期待が高まっている。一方,移動そのものの必要性が問われ,オンラインやバーチャルな空間でのコミュニケーションが増え,「現場」において時間・空間・仲間を共有する価値が問われている,とも言える。不動産である造園,土木分野の遺産は,その遺産が立地している現場に行くことでしか感じ取れない価値を有している。また,これらの遺産は,その遺産が立地している地域の環境・経済・文化の基盤となっており,それらを学ぶことも,持続可能な環境マネジメントの観点からも重要である。
本特集では,遺産を辺巡り,歴史を辿ることで学ぶことができる,未来へ継承する技術を以下の3点と考えた。
1.場を読み解く技術
2.場を設える技術
3.場を活かす技術(遺産と共生した暮らし方)
造園および土木分野を横断して,上記の観点に関して議論を深めるため,中村良夫先生,小野良平先生,松田法子先生による鼎談が企画された。また,両分野の技術が結集した遺産のひとつとして宮島庭園砂防を取り上げ,広島県の砂防課に代々受け継がれているという設計資料をもとにした,その設計史に関する蓑茂寿太郎先生へのインタビューが実現した。本特集をヒントとし,ぜひ読者の皆様には遺産を学ぶ旅に足をお運びいただきたい。
(編集担当:日本造園学会・土木学会共同編集委員会 秋田典子・田中尚人・榎本 碧・新保奈穂美・西山孝樹)
目次
座談会
〇遺産を経巡り,ニワを遺す
中村良夫・小野良平・松田法子・秋田典子・田中尚人
インタビュー
蓑茂寿太郎・田中尚人・秋田典子・新保奈穂美・榎本 碧・荒川いずみ・上原奈桜・植野弘子・橋本美月
※発刊からおよそ3か月後に、執筆者の許諾が得られた記事はJ-STAGEにて公開しております。