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グローバル通信No. 13 ロンドンのホームレス(ラフスリーパー)対策 ―優しい都市の風景―

東京工業大学 土肥真人
河西奈緒

「今回は違う!」
“Often homelessness is swept out of sight for the Olympics, this time we believe it can be different. The goal is ambitious, but grounded in the success of the last ten years, when Government, charities and local councils have worked together to reduce the problem.” Homeless Link (http://www.homeless.org.uk/ending-rough-sleeping)

本年2010年9月、2週間にわたり私たち東工大土肥研究室と川崎市のホームレス支援NGO水曜パトロールのメンバーは、ロンドンでホームレス調査を行った。3つのborough、GLA、および7つのホームレス支援NGOへのヒアリングにより、この10年間のロンドンにおけるホームレス問題への取り組みとその成果を知ることができた。

イギリスにおけるホームレス問題は、1977年住宅法以来の基本構造である「公認のホームレス」と「非公認のホームレス」という二分によって理解される。住宅法は不安定居住下にあり優先ニードを有する者(子どもや妊婦のいる世帯、高齢者、障害や精神病を持つ者等)を「公認のホームレス」とし、彼らに安定した住居を提供する義務を自治体に課している。この法の下で、2009年は41780人が「公認」されたが、これは全申請者のうちの45%にしか満たなかった。一方で、この優先ニードに当てはまらない者(多くの場合単身男性)や外国人(A10国出身の労働者)などは住宅提供の対象とならず、「非公認のホームレス」として路上生活を強いられることとなる。すなわち、路上生活者(日本の自立支援法の定義によるホームレス)は、イギリスでは多くの場合「公認のホームレス」ではないのである。

では、路上生活者へのサポートはどうなっているのか。イギリスでは路上生活者をラフスリーパーと呼び、「公認のホームレス」とは全く別の政策スキームにより対応されている。1998年に当時の労働党政権が設立したRough Sleepers Unitを中心として、“Coming in from the cold (1999)”、“No one left out(2008)”などのサポート戦略が打ち出され、また現在は2003年に始まったSupporting Peopleプログラムが主なラフスリーパー対策となっている。これらの戦略やプログラムは、冒頭に掲げたように政府、自治体とNGOのパートナーシップを洗練しながら、この10数年の間に確実に成果を上げてきた。路上アウトリーチによる実態やニーズの把握、デイセンターへの誘導と相談、ホステル居住と並行したアルコール、ドラッグ中毒への医療的対処など、路上生活から安定的に脱却するプロセスが作られてきたのである。

またホームレス支援NGO(多くの場合、彼らのクライアントは非公認ホームレスである)は、専門性、安定性、機動性を確保するために、この10年の間に数々の統廃合を繰り返し、現在ではいくつかの大規模なNGO(Thames Reach, St. Mango’s, Centrepoint, Broadwayなど)に再編成されている。Riversideのように全国に5万戸以上の住宅を保有・管理する住宅協会も、福祉系のNGOであるECHG(English Church Housing Group)と統合し、住居と社会サービスを同時に供給するNGOへと変貌した。一方で、主流ではないがユニークな活動を続けているNGOもある(Depaul UK, Emmausなど)。さらに自治体も、担当責任者である行政官の署名付きのラフスリーパー3-5ヵ年計画を、達成目標、方法、評価方法などと共に公表し、NGOへ目的達成のための事業委託・出資をしている。

これらの変化はラフスリーパー一人ひとりのニーズ(サービス内容、時期、場所)に合致したサポートの供給を可能にしている。しかし何といっても、効果的かつ効率的なサービス提供の実現を支えてきたのは、個人カルテともいうべきラフスリーパー一人ひとりに対応したデータベースCHAINの存在だろう。また2012年の「今回は違う」風景の実現に、CHAINは不可欠なのである。

CHAINとはCombined Homeless and Information Networkの略称であるが、このデータベースでは、ロンドン内でラフスリーパーが受けた社会サービスが、その内容、時期、場所、など全て個人別に入力され、蓄積される(個人情報であるからその閲覧に関しては厳格な手続きが用意されている)。データの入力は、ラフスリーパーがアウトリーチ、デイセンター、ホステルで社会サービスを受ける度に、NGO職員が行う。運用は1990年代後半に始まり、現在1万3000人分のデータベースが蓄積運用に供されている。また2009年には3673名との路上での接触があり、内358名の長期間にわたるラフスリーパーが特定され、ケアされている。

このCHAINはまず第1に、アウトリーチで出会ったラフスリーパーのバックグラウンドを知ることに用いられている。住居、就労、医療、福祉などのサポート履歴や路上生活/不安定居住脱却の阻害要因などが、担当者には即座に分かる。この情報に基づき、必要なサポートを的確に提供できるのである。第2に、ラフスリーパーの統計的な実態把握と報告書の作成に用いられている。2009年度の年間レポートでは、外国人ラフスリーパーの増加数がイギリス人ラフスリーパーの減少数を上回っているため、ラフスリーパーの全数が増加傾向にあることが報告され、その対策が求められることとなった。第3に、CHAINは自治体やNGOの枠を超えたデータベースでなければならないので、必然的にホームレス問題へ取り組む多くの団体をつなぐ役割を果たしている。CHAINはラフスリーパーの履歴を追う“CHAIN”であると同時に、団体間を結ぶ“CHAIN”でもあった。

2012年ロンドン・オリンピックに向けて、ロンドンではラフスリーパーゼロという目標が、行政・NGOの両者により、立てられている。ロンドンという都市のランドスケープは、2012年に向けた大きな実験を反映している。都市の表面だけを飾るためにラフスリーパーの一掃をはかるのか、それとも「今回は違う」のか。もし社会的包摂が実現し、ラフスリーパーの居場所を創り出すことができたなら、その時ロンドンのランドスケープは優しさと美しさ、人々の努力と高潔さをあらわすものになるだろう。現在のロンドンにはその力が十分にあると実感した調査であった。

(調査に関しては、日本学術振興会科学研究21530581による支援を受けた。また協力いただいたRB Kensington & Chelsea、City of London、LB Westminster、 Greater London Authority、Broadway、Homeless Link、St. Mungo’s、Depaul UK、The Riverside Group、Emmaus South Lembeth、St. Mungo’s、Thames Reachの方々に感謝する。

写真1 NGO Homeless LinKでのヒアリング風景。オリンピックの度に路上から強制排除されてきたホームレスであるが、彼らは「今回は違う!」と言い、その実現の方途を示してくれた。

写真2 St. Mungo’sが経営するホステル。ロンドン中心部にある歴史的建造物を転用し、部屋と、路上からの脱却のための支援メニューを提供している。

写真3 コルビジェ「輝ける都市」をモデルにしたと言われるロンドン市バービカン再開発地区には、ラフスリーパーの居場所も多いという。City of London とBroadwayの人々に案内してもらう。